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焔つづき③

不調のときのブログ頼み。
未完で追記です。



今日、一緒に帰ろう、恩納。何時に帰れる? 6時半? うん、了解。
今日は車じゃないから送ってやれないけど、じゃあその時間に図書館にいるよ。
待ってるな。時間が遅れるとか、用事があって無理そうだったらメールして。

うん。
じゃあね。

えっ……い、いいけど、私でいいの?
……そっか、ありがと。うん、もちろんいいよ。6時半には帰れると思う。
うん。じゃあ一緒に歩いてかえろ。たのしみだね。
図書館? りょうかい。はい、何かあったらメールします。
ちゃんと携帯見てね。

はあい。
うん、じゃあ、またあとでね。

「と、いうような会話をしてたわよ、界と恩納さんがついさっきそこで」

サヤカ様が言った。金髪の上にのっけたサングラスを軽やかに持ち上げて、テーラードジャケットのインに着たカットソーの襟にひっかけながら。
彼女の報告を受けて教室内でチューバを練習していた高遠亮太くんは憤激した。

「は……腹立つッ!」 

と、文字通り絶叫し、楽器を床に置くと背後の壁を太い足で思いきり蹴りあげる。
隣ではまだ授業が行われているまっぴるまの校舎に、その不穏な音は痛々しく響き渡った。

「マジむかつくな、あのクソ野郎!! カレシでもねえくせに彼氏面してんじゃねえよ!」
「ほんとよねえ、高遠先輩。恩納ちゃんもむかつくったらありゃあしませんわよ、同じ女として冷静に見て。界が自分に甘いからってデレデレしてさ。いいよね~正統派美人はモテモテで」
「ハア!? 緋乃ちゃんはそんな女じゃねえよ!」
「何言ってんのよ、そんな女よ。界は少なくとも、自分の気持には正直に行動してるもの。悪いのはあの女なのよ。先輩もあんな子に入れ込むのはやめたほうがよくってよー、人生無駄にする」
「てめーみたいなケバい女に緋乃ちゃんの良さはわかんねえよ、黙ってろっ。」
「……あ、そう。」

亮太に貶されてサヤカは不機嫌のボルテージをいきなり上げた。彼女は美しく優れたものが好きな故、お世辞にも知的とは言えない考え方をし、さらにくたびれたユーズドジーンズを毎日履きつぶしている亮太のような男は非常に好みではない。むしろ嫌っていると言っていいのだ。

あたしが何のためにあんたなんかに声かけてやってるか考えろ、このデブ。

長い爪の先をがりっと噛んで、サヤカはピンヒールの足元を床に思い切り踏み下ろした。

「ぐずぐずしてんじゃないよ、センパイ」

亮太は硬直していた。
その、小柄で横にがっちりとした体系も、原色を多用したファッションセンスも、あまりきれいでない色に脱色された明るい髪の毛も、サヤカは全部嫌いだ。何しろ界に惚れている。
自分がこの男に声をかけたのは、他でもない恩納緋乃をどうにかしたいため、そのためだけだ。

「あの女は界が好きなのよ。見ればわかんじゃない。だから早くどうにかしてよ。邪魔なの。あたし、大嫌いなんだってば、恩納さん。きれいだけど守られてて、高飛車で、偉そうでさ! そのくせピュアだって評判で、界もそこが可愛くて仕方ないみたいで? 耐えらんないのよ。どうしようもなくムカつくのよ!」
「自分で言えよ。なんで俺にどうにかさせようとすんだよ」
「決まってんでしょ、それで退かないからよ、彼女が。この間ひっかいてやったのに、あのきれーなお肌を。腹立つわ、平気な顔してる」
「引っ掻いた!?」

亮太は再度絶叫した。サヤカは耳をふさいでみせたが、その叫びが先刻とは意味のちがうものだということをよくわかっていた。
ちらりと一瞥した先で見えた亮太の眼はぎょろりと血走り、あきらかにお怒りモード。
どいつもこいつも、と舌打ちをする。

恩納さんのファンクラブでも作ってやろうかしら!

「てめ、ふざけんなよ、マジか? マジでひっかいたのかよ?」
「嘘ついてどうすんのよ。マジよ。この付け爪でね。思いっきりやってやったけど何か?」
「何か、じゃねえだろ! ふざけんな!」
「ふざけてないわよ、ああもう煩いっ」

ついに怒り心頭に達して今度はサヤカが叫んだ。隣の教室から聞こえる物音が一瞬ぴたりと止み、すぐにざわっとどよめいた。教師か誰だかの落ち着け、という声がする。すぐに誰かがやってくるだろうとサヤカは察知し、すばやく入口へと身をひるがえした。
亮太が「おい!」となおも肩を怒らせるがサヤカの知ったことではない。

「とにかく早く恩納さんどうにかして。襲えば? あたしは女だから界をどうにかできない。あんたがやるしかないのよセンパイ」
「二度とやんなよっ、ケバ女!」
「うっせえ、デブ」

だまってろよ。

と、廊下へ出て、階段を駆け降りたサヤカだったが、降りた先に待ち伏せしていた人物がいた。界以外に彼女が唯一この学校で認めている美青年。

「どうにかして、とは穏やかじゃないんじゃない?」

手に持っていた本を閉じ、ジョージはやわらかくほほ笑んだ。

***

「やるなら正々堂々と。でないと君の格が落ちるよ、ミズ・宝生?」
「へえ、止めないの? それで界の友達なの、先輩は?」
「もちろん止められるわけはないよ。この現代、思想も言論も行動も、全ては個人の自由だもの」

階段の踊り場で話すのは落ち着かないし、辺りでは高遠亮太くんが騒いだせいで廊下に飛び出してきた先生方が犯人探しをしているし、で、ジョージは近くの英語研究室にサヤカ様をひっぱりこんだ。
バイリンガルとしての英語能力の高さを買われて彼が入り浸っている隠れ家。
時期が音楽祭準備期間に突入しているとあってそこに人気はまったくなかった。

「インテリな発言ね。マリさんの双子とは到底思えないわ」

部屋の中央に据えられたぼろっちいソファにどすっと腰を下ろしながらサヤカは言った。長いおみ足を組んだ彼女の発言には答えず、ジョージは「コーヒー飲む?」と聞く。研究室の中には流しもコーヒーメイカーも完備してあったのだ。

「いらない。インスタントなんて大嫌い」

顎をつんとそびやかして言い放ったセレブ・サヤカ様だったが、何しろ相手はジョージだった。甘い。
彼は見るからに悲しげな顔をしてうつむき、「そっか……」と答えた。

「残念だ。ちゃんと豆から挽くんだけどな。でも、嫌いならしょうがないよね」

以前に界と緋乃がそう感じたことがあるように、ジョージはかなりの演技派だった。絶対にそちらの方面を目指しても大成するに違いないほどの。
サヤカはぐっと言葉につまった。悔しいが、胸を痛められる。この男には。

「……じゃあいただくわよ。」
「ほんと? やった! じゃあ早速作るね、心をこめて。」
「先輩、そういう態度やめてよ。腹立つんだけど」
「どういう態度?」
「皮肉っぽいのよ。どうせあたしが邪魔なんでしょ、はっきり言えばいいのに、なんでそうやってオブラートに包むみたいなやり方すんの? 偽善者」
「邪魔じゃあないな。ただ、かわいそうなだけだ」

豆をミルメーカーに落として、ジョージは淡々と言う。作業をする手は止めずに。
人に羨まれたことは星の数ほど、しかし哀れまれたことは一度もなかったサヤカは愕然と目を見開いた。
髪をいじっていた手から金の束が落ちる。肉厚の唇が開いたままになる。手は宙に浮いた。かわいそう?

お金持ちで高学歴で何に不自由したこともない、このスーパーセレブなあたしが?

「……かわいそう?」
「うん。無駄な憎しみに身をやつしてて、ギスギスしてさ。悪い顔してるよ」
「──」
「ショック? 変だな、わかってるんだろ? だって、界が好きなのは君じゃないよ。緋乃しかいないよ。」

ふいにジョージは振り返ってサヤカを見つめた。
その透きとおるブラウングリーンの瞳、やわらかそうな金茶色の髪の毛、繊細に彫りの深い顔立ち。
サヤカはいきなり胸がくるしくなるのを感じて屈辱にまみれた。なんでよ。
どうしてこいつらは、こんなにもフェイクじゃないの? いつだってこいつらでしかないの?

人間なんてさ、手を加えて化粧してつぎはぎ加工してさ、やっと見られるものになるもんなのよ。
なのに界は、こいつは、恩納緋乃は、伊勢マリは。自然のままで光ってる。美しい。
そのことが最高に悔しい。

ああ、あたし、嫉妬してる。わかってるわ、憎いのよ、はじめて自分の思い通りにならないものができたから。
だけどそれってどうしようもないじゃない。

欲しがったって手に入らないものは絶対にあるじゃない、この世の中!

「はっきり、はっきり言いなさいよ! あたしが邪魔だから消したいんだって、先輩!」
「だから、そうじゃないよ。ただ現実を受け入れた方がいいって思ってるだけだ。緋乃も界を好きで、お互いに二人とも、すがるみたいにして恋してるんだから、介入する余地なんてないんだよ。きみと界の関係なら知ってるよ。もうやめるべきだと思う。」
「界はあたしにそう言ったわ。だけどあたしはそう望まない」
「君に対してどんだけ酷い男なんだろうな、あいつは? 馬鹿だな。不毛だよ、二人して。」
「馬鹿でも界は理想的なのよ。あたし、あいつじゃないと満足できないの。」
「でも満足したいから恋するわけじゃないだろう?」

やっと、コーヒーができた。
ジョージはシンプルなブルーのマグに出来立ての香り良いそれをそそぎいれるとサヤカの前に置いた。飲んで、と命令のように言う。彼女はしかし、従わなかった。
いつだってそうだ。サヤカは誰にも従わない。

「恋とかじゃない、そんなきれいなもんじゃないわ」
「じゃあなんなんだ。認めればいいのに。」
「ただ腹が立つの。恩納さんが嫌いなの、それだけよ。」
「嫉妬だろう、だからそれは」
「だったら? 先輩はなんなのよ、あたしをこんな汚いとこに連れてきてさ、なにが望み? あたしの撤退? 高くつくわよ。」
「──だから、そういうんじゃないって言ってるだろう!」

いきなり、ジョージはそう声を張り、同時にサヤカの肩をつかんだ。
ぎしり、と二人分の重みにソファがきしみ、揺れる。
座っていたサヤカを押さえつけるようにして、ジョージもソファに膝をついていた。

一瞬、研究室の中は水を打ったように静まり返った。
コーヒーの香りの帯だけが、その沈黙を煽るようにゆらゆらと宙を流れていく。

「……キスでもしてあげようか?」

普段はめったに使わない、男性としての力でサヤカをソファに釘付けにし、ジョージは言った。
完全に背もたれに体重を預けることになり、ジョージを見上げる形になりながらサヤカは無表情に唇を動かした。

「やっぱり偽善者」
「バレるもんだな。そうだよ。僕は単にきみに優しくしたいだけだ」
「鳥肌立つけど、先輩が言うと音楽みたいに聞こえるからお得ね。そんなにあたしは哀れなの?」
「そうだね。きみと、高遠くん」
「高遠先輩は邪魔じゃないわけ?」
「邪魔だよ。僕はああいう男は嫌いだ。」
「でも、あたしは邪魔ではないと。変なの。最高の偽善者よ、先輩はさ」

サヤカは眼をつぶった。
そのまぶたが何も見ていないのに何もかも見透かしているようで、なんとでも言えよ、と答えながらジョージはサヤカの額にキスした。
くらり、と脳に入り込んで侵してくる香りは、確かに自分の親友が忌み嫌うようにとても強く濃いもので、だけどそこまで嫌ではないと思った。自分は傍観者だから。

あくまで彼女に対しては、他人だから。

「一番冷たいのは先輩かもね。意外と」
「そう。でも、こんな僕でも好きな子はいるよ。」
「知ってるわよー」

妹でしょ、界の。
眼のぱっちりした、バンビちゃんみたいな美少女。

サヤカは言って、ジョージの首に腕を伸ばすと巻きつけた。

「もう一回キスしてくださいな、先輩」
「高くつくよ」

ジョージはにこりともせずに、再びサヤカへと身を乗り出した。

***

亮太が界を嫌いな理由その1。
ハンサムなくせして頭もいいし、音楽の才能もあるとか、ふざけてんじゃねえのってぐらい恵まれすぎてるから。
その2。
大好きな恩納緋乃ちゃんと仲が悪いと噂の癖に、結局よく二人でいるから。
そしてその3。

母と、義父の愛情をも自分からかっさらっていった男だから。

「でもやりすぎです」

沙絵は普段ならややタレ目ぎみの黒い瞳をせいいっぱい吊り上げてそう怒った。感情をめったに表に出さない彼女からすればめずらしいことこの上ない光景である。何事かと言えば、彼女の眼の前には拳と足に痛々しいあざを作った高遠先輩、そしてそれを手当しているマリの姿。
そして場所は医務室。

怒りのあまり教室の壁やら床やらを殴る・蹴るして授業妨害を行い、先生方に逮捕された高遠亮太先輩の、その「お世話」を買って出たのである。沙絵とマリは。
なぜなら。

「いてー! 痛いよマリさん!!」
「お黙んなさい、このチューバカ。これが自爆した傷だからいいものの、界と喧嘩してできた傷とかだったらあたし手当してないのよ。ありがたくおとなしくしてなさいよ。」
「口悪いけど素敵だ、よく見るとあんた美人だね」

……宿敵である弦専攻のリーダー・マリに手当をされて、高遠亮太くんはまんざらでもないようだったからだ。そう、彼はちやほやされるのが大好きなのだ。構われるのが好きというか、多分超ワガママなゆえ自分を常にだれかを見ていてほしい甘ったれ。
沙絵はそれを以前から知っていた故、今回彼のお世話を買って出た。しかし、知らなかったマリは、

「……キモい。やめて」

と、全身に鳥肌を立てて亮太の手当を終えた。あたしやっぱ無理、と、急に宿敵を愛せよと言われて混乱している頭を抑え、沙絵にバトンタッチする。マリは無論、彼女の双子と同様に亮太が大嫌いであったので、この状況には耐えられなかった。はじめ沙絵が彼を世話する、と申し出た時、怒りのあまり彼女を殴りそうになってしまったほどだ。だが黒曜石の瞳にじっと見つめられ、こう問われて、思いなおした。

──マリ。真実を知らずに彼を憎むのはおかしいわ。

真実を教えるわ。彼がなぜカイくんを嫌うのか。緋乃が好きなのか。
そして緋乃になにをしたのか、ね。

「そろそろいいんじゃない?」

医務室の椅子に腰を下ろして、片膝を立てた。沙絵は薄く微笑んで亮太を見た。
亮太は負傷した足に靴下をはいている所だったが、沙絵に名を呼ばれて顔をあげた。
その瞳が、マトモな時に見ると案外澄んできれいだということにマリは気づき、波立つ胸を感じる。

確かに、あたしはこいつをよく知らない、けど。

知りたくないほどこいつが嫌なことばっかりしてるということも確かだ。

「高遠先輩、その後お体の調子はいかがですか」
「あんまよくねえ」
「お薬、ちゃんと飲んでないんでしょう。神経科はお薬飲まないとすぐ悪くなるんですから、ダメですよ。」
「へーへー、お世話になっておりますよ、高槻お嬢様。で?」
「で、物申します。ずばりこれ以上甘ったれるのはやめてください」





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