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なななんと


ひさしっぶりにトリアーの続きが書けました。
ほんとに、自分勝手な運営過ぎて申し訳が立ちません。。

お読みになってくださる方は、続きからお進みください。





マリア、マリア──。

声がする。
私のなかで、小さな私が泣いている。


(帰りたい。けれど、もう帰りたくない)

ただ一本の蝋燭を灯しただけの闇の中で、姫君はじっと動かずにそのなめらかな瞼を閉じていた。
まつ毛が黒々として、細くはあるが長い。
雪白の肌のうえできつく結ばれた唇が彼女の内面の葛藤を物語っている。

部屋の雨戸も、入り口のドアも閂をかけて閉め切っていた。3日前の夕からずっと、食物はなにも口にしていない。水だけを飲んでいる。
侍女のイライザは先ほどまでドアの前で半狂乱になってお開け下さいまし、と叫んでいたが、シェーネの厳然たる拒否にやがては負けて、すすり泣きながらザックスに連れられて行った。

そう、そしてザックス、ザックスは。

彼は何も言わぬ。異常とも思えるほど。
ただイライザと共に時折この部屋の前を訪れては、食事を取るよう促すだけだ。籠城という、このあまりにも単純な妹の反逆を受けても、まったく動じた様子がない。

当然である。バーデン領主国の主たる彼がいったい何を恐れる必要がある。現世の魔王と称されるかの法王ですら、彼にとっては大陸統制という夢の足掛けですらないのに。
シェーネはそれをよくわかっていた。

兄はいつか王者になる器。深い悲しみを知りながらも自分のような哀れな人間のために膝を折ることができ、かつ目の前に道を切り開いて行くことができる類稀な人間だ。
シェーネは彼を愛している。例え血など繋がっておらずとも、水は血より濃いと教えてくれた義兄を、心より。

だが彼のためにトリアーへ嫁ぐことはできぬ。
それだけは、ヴォルフへの愛に賭けて、絶対に許さない。

「春の宵 桜が咲くと──」

姫はやにわに歌を口ずさんだ。きっと、この世界の人々は聞いたこともない言葉に音、旋律線。
黒曜石の瞳が蝋燭の炎に照らされて光る。

「花ばかり さくら横丁……」

──思い出す 恋の昨日
──きみはもう ここにいないと
──ああ、いつも花の女王
──ほほえんだ 夢のふるさと……

姫は、心を閉じてきた。
この場所へ落とされてから、ずっと、ずっと。
誰を恨むこともできなかった。何故なのか、しることすらも許されなかった。

自分はここより遥か遠き国、遠き時代よりやってきた──と、姫は信じている。大地が、もっと固く、もっと熱い時代。空が狭く、空気が淀んでいる時代。
そして人が、それぞれの存在を許されている時代、からだ。

(マリア)

それがかつての名前であった。もしもあの日々が夢でないのなら。
何が幻で何が現実かなどと誰に言えよう。マリアはそう思い、全て受け入れてきたのだ。聖母の名を与えられたことに恥じぬよう、火あぶりにかけられた時でさえも。

けれど……けれど。

(姫)

ヴォルフと出会ってしまった。
あの不思議な瞳が、自分だけの姿を映しこんでやさしく細められるのを見た時、長きにわたって凍てついていた心が動き始めるのを自分は確かに感じたのだ。

(あんたが隠れて泣くことなんてない)
(勿体ないぜ。ザックスに飼われているだけでは)
(外へ出よう。姫君)

笑って。
背筋を伸ばして、天を仰いで。

「誰よりきれいに笑ってくれ」

はっと、姫は顔を上げた。
彼の声が聴こえた気がしたのだ。
だが無論それは空耳で、待つだけでは彼をここに呼びよせることなど到底できないとわかっている。自分は魔女ではないのだから。
只の娘なのだから。

胸に傷を持ち、陽の光に怯えて、けれど恋をしている、ごく当たり前の娘だ。

シェーネの胸には、ある一つの決意があった。
ずっと迷っていた、隠しとおしてきたこの城の秘密。
それを、解放することが一つ。
そしてもう一つはヴォルフに自分の真の名を教えること。

彼に名を呼んでもらいたい。
例え未来がどうなるかはわからずとも。
あの不器用な頬笑みに触れるたび、心が羽を持ったように軽くなり、全世界へ飛翔することすらできそうな気がするのだ。

嘘をつくのは、もうやめるわ──。
彼に対しても、自分に対しても、兄さまに対しても。

シェーネは闇の中でひっそりとほほ笑むと、卓の上の燭台を手に取り、立ち上がった。

***

「リヒター」

ジークフリートが無理やり決行したバーデンまでの旅行をすこぶる楽しみ、時折楽しみすぎて団員たちの堪忍袋の緒をぶっちぎらせながら、さあ後一歩で山賊の谷だ! とうきうきしていた頃、真夜中にヴォルフの部屋の戸を叩いた来訪者があった。
その時卓に向ってバイブルを読んでいた所のヴォルフはすぐに顔を上げた。壁に立てかけておいた剣をさっと手に取り、腰に構えながらドアの前に立つ。間合いは十分に取った。
低く押し殺した声でこう尋ねる。

「……誰ぞ?」
「わたしよ、リヒター。」

闇を裂く、可憐な声に、ヴォルフの殺気ははじけ飛んだ。
覗き戸を開いて戸の向こうを確認する。たしかに、頭から真っ黒なローブを間近にかぶった細い女が蝋燭の光に照らされて立ちすくんでいた。

「姫! 何を、ご自分がされていることをわかっておいでか?」

ヴォルフは音なく戸を開き、姫を部屋の中へと引っ張り込んだ。廊下を見回して人の気配がしないことを確認すると、再び戸を閉めて姫君と対峙する。
婚姻を間近に控えている身だ。
真夜中に男の部屋を訪ねたなどという事実がザックスの耳に入ればどんな罰を受けるか知れない。
ヴォルフは激しく戸惑った。自分を大きな瞳で見つめてくる姫の、その真意が計りかねる。互いに座ることすらせずに、ただ一本のろうそくを間に挟み、早口で言葉を交わし合った。

「わかっているわ。すぐに戻る。ただ話がしたかったのよ。私がジークフリート様の妻となる前に」
「彼はあなたを妻に迎えることはしないでしょう。きっと何かの策を練っています。どうか希望をお捨てになるな。御部屋にお戻りください。ザックスがあなたに気付くより先に」
「戻ると言ったわ。けれど聞きたいことがあるのよ。お願い、答えて。ヴォルフ、貴方はわたしのことを愛している?」

瞬間、ヴォルフは呼吸を忘れた。
世界の音が全て消え去ったかのような錯覚を覚える。
手がこわばり、瞳は姫しかその中に映さなくなった。

何を、と言おうとしたが、口より早く動いたのは自分の心臓だった。

高く、強く。
脈打って、この心の中を主張している。

「……愛していると答えたら?」

口許に手を寄せてヴォルフは穏やかに聞き返した。すると姫が、たちまち泣き出しそうな顔になってこちらを見返してくる。
蝋燭の炎が舐めるように照らす、あまりにも扇情的な首筋、くちびる、耳。そして瞳。

「心より? これを見ても?」

しゅる、と衣擦れの音が立つ。
姫は胸の前で結っていたリボンをほどき、厚手のマントを肩から落とした。爪先までをも覆っていたその黒い布が床に降り積もると──なんと驚いたことに、その下は裸だった。

シェーネは一糸まとわぬ姿で、ヴォルフの前に立っていた。



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