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別館の


眠れる森の美女の、つづきです。
まさかのあのお方登場。
追記からどうぞ。




それでいいのか?

あの日、あの時。
秋も終わりにちかい、グレーの空の下で、ハルは言った。

「モデルをやめる? どうして?」

劇団での稽古からの帰りだった。
たまたまその日、ピアノを弾きに来てくれたハルと一緒に、彼の車に乗って家に帰る途中、わたしたちはコーヒーショップに寄り道をした。
さむいから、と言って。
今日はお父さん帰ってくるの遅いし、とうそぶいて。
なんだか二人して言い訳を探していた。一緒にいられる言い訳を。

思えば私たちはいつもそうだ。
正面から相手の瞳を覗き込んでいる癖に、心の内からはすこしだけ目を逸らしている。

怖いのだ。
互いの感情の、その、ほんとうの生の色を知るのが。

「なんで? 楽しそうにやってたじゃない。少なくとも、そう見えてたよ。俺には」

……けれどこの日、ハルはめずらしく目を逸らさなかった。
踏みこんできた。
怒った猫のように、噛みついてきた。

その時カプチーノを飲んでいた私は、彼の薄茶の、怒っているのにそう見えない瞳をじっと見つめていた。
変なことを人はよく覚えているものだ。

「……飽きたの。というよりも、飽き飽きした、っていう方が正しいのかしらね。みんなうるさい。煩わしいの。きらきらしてて、目がくらむ。音が多すぎて、耳がつぶれそう」

それは本心だった。
私は決してモデルの仕事そのものは嫌いじゃなかった。
ただ、撮影現場でかけられる、どう考えても音量の大きすぎるクラブミュージックや、あたりに漂う濃い化粧の匂い、香水の香りがきらいだった。そして何よりも新作のファッション情報ばかりを狂ったように求める他のモデル達に、どうしても馴染めなかった。
かんぜんに。
そして一番問題なのは、そうやって他人を締め出してしまう考え方しかできない、頑なな自分自身だった。

「……ふぅん。暁らしいな」

ハルは椅子に背を預け、少し胸を逸らすような体勢を取った。
彼のお母さんが生きていた頃ならばきっと、お行儀が悪い、と言われたにまちがいないであろう姿勢。
でももう彼女はいない。
だからあたしが代わりに言った。

「ハル。ちゃんと座りなさい」
「言われると思った。でも、論点ずれてるよ」

彼は奇妙なぶぶんで気まじめだ。
私は肩をすくめ、もう一口カプチーノを啜った。すると、ハルが喋り出す。

「まぁ、暁は決めたらぜったい曲げない人だから、今回もたぶん決心は固いんだろ。知ってるから、反対はしないけれど。──でも俺、いやだな。」
「いや?」
「うん。──それでいいのか?」

あの日、あの時。
彼はそう言った。

「……いいも何も。あたしが決めたのよ」
「うん。だから。本当にそれでいいの、暁」

いつも自分から幸福を手放して。
いつもいつも不幸になろうとして。

彼はそう言った。
私は戸惑った。

不幸になろうとしている? 私が?

わからなかった。そうなのだろうか。
そんな言葉をかけられたのは生まれてはじめてで、動揺してしまった。
震える指でカプチーノのカップをソーサーに戻した。かちりと、快い音があたりに響いたのを覚えている。

「モデルをやめることが、不幸になろうとしてるってことではないと、私は思うけれど」
「そう言いたいわけじゃない。俺が言いたいのは、貴方がいつも、安定や平穏に耐えられずに放り出してしまうってことだ。そうだろ? 恋人も、仕事も。住むところだって、あなたは何かあるとすぐ家出してしまう」
「やめて」

耐えられなくなって私は言った。
何が耐えられないって、ハルに「あなた」と呼ばれるのが私は嫌いだった。だって、私をそう呼んだあとのハルは、必ずもう一つの呼び名でも私を呼ぶのだ──。

「──やめないよ。姉さん」

……そう。姉さん、と。

その呼び方をやめて、と言いたいけれど、言えなかった。
なぜって、ハルにとって私は確かに姉なのだから。それ以上でも、それ以下でもなく。

彼にとって私はただの姉。
それを否定するということは、つまり、ハルを家族ではないと、自分自身認めてしまうことだった。
絶対に、許されない。最もしてはいけないこと。
この世にはそんなことばかりが数多転がっているが、私にとって、最も大きなそれは。

ハルや、父さんという家族を──否定してしまうことだった。

何も言えなくてわたしは黙った。
ハルはそんな私をじっとしばらく見つめていたが、やがて諦めたように首を振り、自分のコーヒーに口を付けた。

「暁」

呟くように、噛みしめるように、私の名を呼ぶ。

「暁はもっと受け入れなきゃいけない。」

暁の、幸福を。

***

夜は久しぶりに友人とディナーをした。
同じ大学の図書館でよく見かける女の子だが、授業で見かけたことはなぜか一度もなく、思い切って声をかけてみたところ仲良くなった。
すとんと長い、きれいな髪をして、煙るようなまつげの奥に、聡明な瞳を宿した女の子。

名を、牧村かなでという。

「早いのね、あきら!」

待ち合わせはこじんまりとしたイタリアンレストランだった。
だいぶ早くついて、ひとり窓際で、世界に降りしきる雨を眺めていた私に、かなでは声をかけてきた。
ふり返ると、いつもどおりチェロを背負った彼女が立っていた。
今日も青い服を着ている。シンプルなコットンシャツにぴったりとしたジーンズ、足もとは潔いスニーカー。

「車で来たの?」

尋ねると、かなでは床にチェロを置きながら、テーブルの椅子を引っ張り出した。

「うん、そう。よくわかったわね。」
「スニーカー履いているから。珍しいと思って」
「ああ、成程ね。その通りよ、ご名答。」

そして優雅なしぐさで椅子に座る。
長いまっすぐな髪が彼女の動きに合わせてしゃらりと揺れた。まるで銀の帯のよう。

かなでは、目の前にすると、なんだかその存在が信じられなくなるような、女性だ。
あまりにも静かでふかい、夜の海のような眼をしているから、その危うさに目が離せなくなってしまうのだ。
彼女は世界に溶け込まない。
その輪郭は、虹色の闇の如く、彼女がどこにいようと、何をしていようと、光に弾かれるようにして浮き上がって見えてしまう。

私はかなでについて多くを知らないが、それでも、彼女がこの世のほんとうの悲しみを知っていて、それゆえ恐ろしい孤独を身に抱えながら生きているということは、なんとなくわかっていた。
それくらい、ギリギリの境界線の上で歩いているひとなのだ。

「そういう暁は? きょうもハルくんが送り迎えをしてくれるわけ?」

かなでが着いたので、ウェイターが注文を伺いにやってきた。私は白ワインを頼み、かなではペリエを頼んだ。メインは二人とも魚だ。
ウェイターが下がり、再び二人だけで向かいあうと、私はこたえた。

「まさか。電車で来たわ。」
「そう。なら、帰りは送るわね。ハルくん元気?」
「とても元気よ。最近やっと就職活動を始めたみたい」
「へえー、どんな仕事を探してるの?」

かなでは一度家にも来たことがあるので、ハルのことを知っている。音楽や車の話で趣味があったらしく、時折メールなどしているようだった。
私は水を口に含みながら言った。

「あの子は意外に現実的だから、ある程度お給料がもらえれば、なんでもいいみたい。でも、営業がやってみたいって言っていたわ」
「営業……ハルくんならやれそうね。人当たり良いし、要領も良いし。」
「猫っぽいからね」
「そうそう」

くすくすと、かなでが笑ったので私は思わず見とれた。
彼女は滅多に笑わないぶん、その笑顔は、なにか秘密の香りがするのだ。私は彼女の笑顔が好きだった。
だが、今日のそれは、いつもと何かが異なっていた。

「……かなで?」
「なに?」

私が名を呼ぶと、彼女の煙るようなまつげが上げられ、魂を射とめる瞳が現れた。
いま気がついたが、その瞳の色も、なんとなく今までとはちがう。
夜の海に──月が差しているような、あたたかさがあった。

「なんか、顔が違うよ」

尋ねてみると、かなでは目を瞬き、そしてゆっくりとほほ笑んだ。

「そう?」

小首を傾げ、水の入ったグラスを持ち上げて、くちびるに押し当てる。その、しなやかな指、鎖骨に絡まる細い髪、少しだけ骨ばった肩の線。すべてが今までと同じなのに、何かが変化していた。
何か。
なにか、とても、優しいかんじ。

「最近、よく言われるわ。変わったって。──やっぱり、入籍したからかしら?」

かなではいま一度ほほ笑んで、そう、こたえた。


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