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久遠色1




文海はもうどこにもいない。
だから、どんな言葉を、叫んでみても、届きはしない。けっして。

決して。





人間は慣れることができてしまう。
文海が居なくなってから、そのことをとても虚しく、何度もおもった。

ずっと一緒に育った文海。
あたしの弟で、兄で、友達だった文海。
彼がいなくなるなんてこと、想像もしたことがなかったのに。

季節は、日々は、雪のように積もっていって、
文海が消えてから、もう幾度目かの冬がめぐる。

「今日は冷えるわね」

いつの間にかずいぶん老けてしまった母が、窓辺に立ち、カーテンを手で寄せながらそう言った。
けれど彼女の、なめらかな皺の寄った手はまだとても美しい。
ふっくらとやさしく、けして外されない金色の指輪が控えめに輝く。
私はそうだね、と小さく答えながら、腕の中のチェロを体の方に引き寄せた。

雪が、降るのだろうか。
静かだ。とても静かな夜。

しんしんと、積もっていくのは、また季節か。
あるいは時間か。

それとも、文海を懐かしく想う私たちの、悲しみか。


──雪音


ああ、まだ耳だけはこんなにも、文海の声を覚えている。
覚えているのに、彼の顔が、そのぬくもりが、日いちにちごとに薄れていくのだ。
どんなに彼を愛していたって、私たちは、とどまれないから。


──あやうみ


あたしは、呟いた。
口の中だけで、ほとんどまるで、祈るみたいに。

文海。
どこにいるの。
会いたいよ、文海。

何がいけなかったの?
何故行ってしまったの?

あたしは後悔が何より嫌いだ。
けれど、ことによれば、文海は……あたしの人生のなかでの、唯一の後悔かもしれない。
唯一の、そして絶対の。


ねえ、あたしがあなたを受け入れていれば、あなたは今でもここにいたの?


届かぬ言葉はまるで呪文で、あたしはまた、幾度目かわからない呪いに縛られる。
文海という呪い。
甘く、優しく、決してあたしを離してはくれない、久遠の呪縛だ。


──わかった。


あの日より永遠に、文海はあたしの前から消えた。
ぞっとするほど寂しい顔をして、なのに笑って、あたしに背を向けたのだ。


──わかったよ、雪音。


文海はあたしを家族として愛しては、くれなかった。


***


「ねえ、ユキネ、金沢行かない?」
「……金沢?」

銀行で事務をする傍らチェロを弾いているあたしは、時々お金をもらって舞台に立つ。
仕事はピンからキリまであるが、とにかく音楽が好きなのでそのほとんどを引き受けては楽しんでいた。
そのうちに段々音楽界での繋がりもできてきて、最近舞い込んでくる仕事はそれなりに名前の売れている楽団やホールでのものばかりになった。
そんな折、久しぶりにお茶をした友人が持ってきたのが、金沢での有名な音楽堂での仕事であった。

冬になるととにかくぼーっとし、心がふさぎこんでしまいがちになるあたしは二つ返事でオーケーした。

「いいよ」
「うわ、即答。」

友人も驚くほどの即断即決であったが、仕事で旅行に行くような感覚である。しかも金沢。
北の古都。今の時期はおそろしく寒いでしょうが、その分おいしい食べ物は山ほどあるでしょうし、いいじゃないの。ぜひ行きたいものです。

しかし友人はそんな適当なあたしを当然というか、なかなか信用してくれず、

「ほんとにいいの?」
「会社は? 休めるの? 年末だよ?」
「っていうかご家族とかに相談しなくてもいいの?」

と、色々しつこく聞いてきた。
あたしはその全てにうんうん頷きながらコーヒーをすすり、

「大丈夫。行きたいの。」

と、答えた。
友人はまだ少し疑わしい視線を私に注いできたが、最後には信用してくれたらしく、
それじゃあと仕事の詳細が書かれた紙をテーブルの上にとりだした。

仕事はベートーヴェンの第九だった。
オケの人数が足りず、ヘルプということらしい。
詳細をじっと眺めていると、友人(マリという)はペンを取り出し、紙の上にさらに何か文字を書き付けた。

「現地集合だから、交通費の領収書もらうの忘れないでね。あと、ホテルも各自手配だから、宿泊費は出るけど、はじめは各々で立て替える形になるから。何かあったら、これが連絡先」
「ありがと。場所って金沢駅の近く?」
「すぐそこ。ユキネ、金沢行ったことない?」
「ない。」

本当はあるのだが、あたしはきっぱり嘘をついていた。
なぜならあの地には文海といっしょに行ったから。
思い出すとかなしくなるのだ。

文海と見た桜。文海と歩いた浅野川。
文海が、「雪の花みたいだ」なんて感激していた、枯れた桜の枝に積もる、雪。

その全てが、失われた遠い音楽なのだから。

「そっか。あたしは何度か行ってるけど、すごく良いとこよ。ご飯もおいしいし、きれいだし。何なら一緒に行く?」
「そうしようか。マリと旅行したこと、なかったしね」
「OK。じゃ、そうしましょ」

たのしくなりそう、と日英ハーフのマリは英語でつぶやいて、少し大きめの唇のはしを引き上げほほ笑んだ。



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