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久遠色2




こうしてあたしの金沢行きは決定した。
出発まではまだ間があると思ってのんびりしていたら、何しろ年末だし忙しいしで、あっという間に出発の日が来てしまった。
生来ずぼらなあたしは大慌てにあわて、ろくに化粧もしないでボストンバッグに荷物を積み込み、愛用のチェロをひっさらうと駅へ急いだ。
東京駅のカフェでは、マリが既に朝ごはんを食べながら待っていた。

「遅いわよー、ユキネ」

にっこり、というよりは、にやりという形容が似つかわしいいつもの笑顔でマリが迎えてくれた。
すまん、と顔の前で手を合わせながらあたしはカフェに入っていく。
マリの隣には事前に話に聞いていた、もう一人のチェロの女性らしき人が座っている。
長い茶色の髪、恐ろしく落ち着いた切れ長の目、ハーフのマリに負けずとも劣らない長い手足、と、周囲から浮き上がるほどにべっぴんな方であった。

「悪い。寝坊した」

その美人を気にしながらあたしが前の席の椅子を引くと、マリはからから笑ってコーヒーを一口飲んだ。

「正直でよろしい。ま、集合早めに設定しておいてよかったわ。ね、かなで」
「そうね」

美人が声を発したのであたしは彼女をまともに見つめることができた。
眼が合ったので微笑みかける。
と、予想より幼いかんじの、かなり好感のもてる笑顔が返ってきた。

マリがあたしたちを見比べてから紹介した。

「で。かなで、こっちが雪音。奥雪音。ユキネ、彼女は牧村かなでさん。二人は初めてだったっけ?」
「ええ。はじめまして、雪音さん。牧村かなでです」
「こちらこそ、よろしくお願いします、です。奥雪音です」
「とても珍しい名字なのね」
「そうなんですよ」

自己紹介をしあい、あたしたちはお互いになんとなく相手に好感をもった。
お互いにそう思ったのがわかったので、自然と口調もくだけて、一気に打ち解けた。
かなでさんはあたしより2つ上で、既婚者であった。
なんかそういう風(所帯持ち)にはぜんぜん見えないひとなので、失礼ながら、声を荒げて驚いてしまった。

「えええ! ご結婚! されてるんですか!?」
「ええ。見えない?」
「……失礼ですが」

思いっきり頷いてしまったが、かなでさんは怒らなかった。
むしろ面白そうにふふっとほほ笑んで、長いきれいな髪の毛を耳にかけた。

「そうよね。あたしだって、自分が結婚するなんて思ってもみなかったし。ま、結婚っていうか、一緒に住んでるだけっていうか。とにかくそういう気を張った関係じゃないのよ。あたし、ドライだから」
「ドライって言うか、クールな感じだよね」

クールビューティとはかなでさんのためにあるような言葉だと思いながらあたしは言った。
場所はすでに新幹線内に移り、あたしたちは横並びに座っていた。
窓際のマリはすでに眠る体制を取り始めており、静かだった。

「ふふ。クールか。まあ、醒めてはいると思う、確かにね。でもそれって恋愛に対してってわけじゃなくて、人生に対してなのよ。」
「人生?」

かなでさんは潤うようなアルトの声を持っており、言葉が響くたび独特の世界を彼女の周りに形づくった。
ふかい、深いブルーだ、とあたしは眼をはんぶん閉じたくなりながら感じた。
かなでさんは見つめていると、眼が潰れそうなほどの悲しみをその細い肉体の内に秘めている。

手首に絡んだ銀のブレスが、かなでさんがウーロン茶を飲むのに合わせてちいさく動いた。

「そ、人生。結婚してようが、していまいが、結局ひとりで戦っていくのが人生だってあたしは思ってる。結局、そう思ってしまうのよ。だから旦那は可哀そうなのかもしれないわ。ふたりで手に手を取って乗り越えていこうとは、どうしても思えないの」
「なるほどね……」

あたしは納得した。
彼女が結婚していても、いわゆる所帯持ちらしく見えないのはそう言う訳なのだ。
彼女からは安心の匂いがしない。家庭の、温かな光を発していない。
べつにかなでさんが不幸な結婚をしているとか、ものすごく家事が下手そうとかそういう意味ではなくて、彼女が言った通り、その存在は「結婚していても絶対的に独り」なのだ。
旦那もしょせんは他人である。
つまり、人生は孤独との戦いである、と、本当の意味で理解してしまっているひと。

彼女の道は覇道なのだ。

「でも」

あたしは呟いていた。文海を、思い出したのだ。
ああ、こんな瞬間にも、今でもあたしは全ての呼吸する瞬間に、文海を思ってしまう。
文海は、あたしの時間の中を生きている。

「え?」

かなでさんがこちらを見た。
あたしも首をすこし動かして彼女を見つめた。
にっこりと、務めて明るく笑顔を作って言った。

「でも、それでも家族なんだよ。旦那さんは、かなでさんにとって、ちゃんと。」

そう、知ってる。
一緒に乗り越えることはできなくても、隣で見守ることはできるって。
最後まで眼を逸らさないほうが、ほんとうはどれだけ大変かということも。
でもだからこそ、自分の隣に最後まで添ってくれるひとは、それがどんなひとであろうとも、家族なんだってこと。

あたしは知ってる。
だって、教えてもらったから。

どこまでも遠い夜の果て、闇の底まで──ただ黙ってついてきてくれた文海に。

「だから、だいじょうぶだよ。心配しなくたって。かなでさんも、わかってるんだよ。」
「……ユキネさん。」

かなでさんは、眼を見開いてあたしをまじまじ見返した。驚いている表情だった。
それがどういう意味での驚きなのかあたしには完全には推し量れなかったけれど、伝わったという手ごたえはあって、あたしはまた笑った。
すると、かなでさんも、まるで花のように清らかで美しい笑顔を見せてくれて、報われた。

ああ、なんだっけ、この花? 
あたしは思った。
泥の中から伸びるのに、自らはけっして汚れず、きよらに咲く花。

ああ、そうだ。
思い出した。


蓮の花だ。


***


文海は花が好きだった、とあたしは車窓から景色が飛んでゆく様子をながめながら考えた。


花が好きで、雪が好きで、音楽が好きだった。
男のくせに妙に感受性が豊かで、繊細なのにこの上なく強情。猫のように気まぐれだった。
料理がうまくて、人当たりがよくて、でも慎重で、とてもさびしがり屋。
いつも居場所を探すように孤独な瞳で空を見ていた。

文海。

日頃の疲れが出たのか、少しうとうとしたあたしは、ふいにがたんと車体が揺れたことで自分が眠っていたことを知った。すこし痺れた頭で緩慢にまばたきをし、外を見ると、そこは既に雪国の光景であった。

ああ、白い。なんて白いんだろう、北国の雪って。

あたしは感動した。そして同時に、怯えもした。
名前に雪がついている割に、あたしは昔から雪が苦手な娘であった。怖いのだ。
それは冷たく、だからこそ尊く清い。
あたしのように足元の不安定な小娘などが触れてしまえば、溶けてしまうのは雪ではなく、あたしの体なんじゃないかと思ってしまう。

──雪は好きだ。

けれど、文海はそう言った。言ってくれた。
あたしの眼を見て、またすぐに逸らしながら、ほとんど焦がれている表情で。

──純粋さのかたまりみたいだ。でも触れられない、絶対に。だから好きなのかな。

あたしにはわからなかった。彼の心の内は、いつも想像すらできなかった。
ただ、彼がいつも空を見上げる際の、その瞳の悲しい輝きに、雪は確かに近いものがあると感じた。
文海はなぜ、居場所を探す必要などあったのだろう。彼には正しい両親がいて、温かな家庭があったのに。
卑屈な意味で言うのではなく、本来ならば養女であるあたしこそが求め続けて叱るべきだろう、そんなものは。

いずれにせよ、文海に聴かなければそれは判ることではない。
あたしは雪を見つめて、寒空にまた果てしなく飛び立とうとしている思考に歯止めをかけた。
眼に沁みるように白い景色だ。凍った枯れ木はわびしく黒く、命の気配の何もない雪原をふちどる。

やっぱり、好きにはなれないな。文海がいなければ。
あたしは思った。そして、眼を閉じた。

あたしは雪より海の方が好きだった。



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