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久遠色3



金沢に到着したのは、正午を三十分ほどまわった頃だった。
寝ていたマリをたたき起し、かなでさんの風にたわむれる美しきロングヘアに導かれて、あたしたちは駅に降りた。つめたく澄んだ空気が肺に流れ込んでくる。あたしは思わず深呼吸した。

きっとこれは文海と吸った空気。
彼とふれた永遠。
ああ、駄目だな。なんだか、東京を離れてからずっと。

文海に会いたい。

「ユキネさん?」

あたしは急に足を止めた。それは一瞬のことであった。
まばたきをする程の間、人込みでにぎわう金沢駅の雑踏に、文海を見たような気がしたのだ。
あの瞳。あの立ち姿。
見間違えようはずもない、彼の見目──。

だがそれはやはりまぼろしで、お土産やさんの前であたしは頭から喰われるように、例えようもない喪失感に襲われてしまった。先を歩いていたふたりが心配そうに声をかけてくる。

「ユキネってば。どうしたのよ、いきなり。具合悪い?」
「……ううん。ごめん。何でもない」
「誰か、知ってる人でもいたの?」

かなでさんの、潤うようなアルトの声が、あたしに尋ねた。
そうなのだと言えたらいっそ楽になってしまえるだろうかと思いながら、あたしは首を振り、氷のようにつめたくなった額を腕でこすった。

「誰も」

いない。
文海はいない。
あたしは彼を切り捨てたのだから。

「……いないよ。」
「そう」

顔を上げると、かなでさんもマリも、真面目な眼をしてあたしを見ていた。
その顔を見て、あたしはああ、ばれてしまっているんだな、と何となく悟る。
彼女らと出会ったのは、あたしが文海と離れた後だ。けれど、二人はきっと知っている。

今のあたしが、半分だということ。

「じゃあ、行きましょう。もうチェックインできる時間のはずよ」
「そうね」

文海にだけ、通じる言葉があった。
文海にだけ、見せられる景色があった。
彼はあたしの半身で、また文海もあたしに対してまったく同じように思っていると、あたしは何故か解っていた。

前も後ろも見えない世界を、来るかもわからぬ明日にむけて、手さぐりで歩いて行く新月の夜。
月は満ち、欠けてはまたいつか満ちる。そんなことはわかっている。けれど、はたして次の満月まで歩き続けていけるだろうか、そのことだけが、怖くてこわくてしょうがなかった。

寂しいよりも、不安だった。
いつも自分が誰なのかわからなかった。
何処から来て、何処へ行くのか。

そしていったい何処にいるのか。


文海に逢うまでは。


***


ガラス張りのもてなしドームを抜けると、巨大な鼓型をしたアーチ、鼓門が出迎える。
そこをくぐればこれまた駅名物のひとつ、水時計がよどみなく時を刻んでいて、金沢が麗しくあたし達の目の前に道を広げている。

「来たねー、金沢!」
「来たわね。あたし、実は初めて。」
「え、そうなの? ダンナと来たことあるって言ってなかったっけ」
「ううん。行く予定だったんだけど、その直前に急な出張だとかでダンナが偶然にも金沢に行っちゃったもんだから、腹が立って旅行は取りやめたの。」
「ひょえー、かなで意外と恐妻?」
「うふふ、どうかしら。」

以前おとずれた時にも感じたのだが、金沢の街はとても研ぎ澄まされている。
それは単に街並みに規制がかかり、高層ビルがほとんど建っていないことや、ごみが落ちていないという理由のためだけはなく、その独特の澄んだ空気や緑の香りと、ふいに視界に飛び込んでくるオブジェの金属の煌めき、そういった柔と硬、今と昔のハルモニアがもたらす効果なのだと思う。

本来ならば相容れないであろう、アンバランスな、正反対に位置する二つの存在。
それらがこの街には在る。
あるいは仲良く手をつなぎ、あるいは背中を合わせて、それぞれのやりかたで調和しているのだ。

だからだろうか。
以前、文海とはじめて訪れた時も、なぜかとても呼吸がしやすかったことをあたしは思いだす。
まるで光と闇、太陽と月みたいだとよく言われつけていたあたし達が手をつないでも、この街はしずかにただ、見守ってくれた。

「なんか、あちこちにオブジェみたいなのが飾ってあるわね。」
「ああ、金沢氏は芸術に力を入れてるんだってさ。大学生とかとコラボレーションして、現代美術で町おこしっていうの? それが一つの過疎防止対策なんだそうよ。」
「ここまで有名な街じゃあ、過疎も何もないでしょうに。」
「それもそうだわね。ま、いいじゃない。単に芸術を愛する街っていうことで」
「ねえ、昔と違って少しは、日本での音楽家の地位って高くなってきたのかしらね」
「あたしはそうは思わないわ。ヨーロッパに比べたら月とスッポン」
「やっぱりそうなのかしら……」

背の高いかなでさんとマリが絶え間なく言葉を交わしている。あたしがさっきからほとんど口を開いていないというのに、そのことに腹を立てるどころか、突っ込んでくる様子もない。ただ時々ふりかえって、あたしがちゃんとついてきているかどうか眼で確認していた。そしてその度ほほえんだ。甘く香る花のように。

幸せだよなあ、とあたしは彼女らの笑顔に出会うたび、しんから思った。
あたしの今は幸せなのだ。たぶん。少なくとも、不幸ではない。
ただ文海がいないだけで、そのことを、あたしはいい加減受け入れなければいけない。

何度朝を迎えても、布団のなかで寝ぼけながら想う、いっとうはじめは、文海がどこにいるのかということ。
いくど独りで家に帰りついても、窓からくらい闇を見つめて想うのは、いつ文海が帰ってくるのかということ。

このままじゃ生きてすらいけない。
そんなことはわかっている。
あたしの時はぼろぼろになりながらもまだ何とか動き続けているのだから、あたしは進んで、変わってゆかなければならないのだ。

でも一度出会ってしまった以上、あたしは文海を忘れることはできないし、あたしの知らないあたし自身だってきっと、文海のなかに閉じ込められているのだと思う。
けっきょく、できないのではない、したくないのだ。

あたしは文海を忘れたくない。
そんなことをするくらいなら、本当に死んだ方がましだ。

──もう一度……

もう一度、彼に会いたい。
文海に。あたしの光に。
闇であるあたしを照らした、彼こそが太陽だった。

決して叶うことはないかもしれない。ふたりが寄り添って溶け合うことは、不可能な望みだとしても。

それでも会いたい。文海に。

伝えたい言葉がある。
どうしても知ってほしい真実がある。


──もう一度、彼に会いたい。



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