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久遠色4



文海とあたしが出会ったのは、あたし達が中学に入学してすぐの頃だった。
故あって両親と暮らせなくなったあたしを、奥家が養女として引き取ってくれたのだ。

チェロだけを抱えて奥家にやってきた当時のあたしは、世にも無愛想で、人という人を睨みつけ、まともに言葉すら発そうとしない最悪な娘であったが、奥家は意に介さなかった。
眼を離せばすぐに部屋に引きこもり、チェロばかり弾こうとするあたしを、義父も義母も、そして文海も全力で引きとめて外に連れ出した。

……いやいや、大げさではなくて、ほんとうに全力だったのだよ。
あたし、お父さんに抱えられたし、お母さんにはチェロを隠されてしまいましたから。

しかし、そこはひねくれ者のあたしである、こっちだって全力で反抗し返し、おもちゃにされるために引き取られたんじゃない! なんて、生意気に口応えしていたものです。
でも彼らは、本当に本気であたしのことを家族にしたいと思ってくれていたらしくて、だから、諦めなかった。

義父は仕事を休んで、義母は仕事をやめて(!)、あたしに向き合ってくれた。
文海も、今思い返すと学校をかなり長期にわたって休んでいた。
あたしが言える立場ではないが、奥家は変わり者の集まりだと思う。

そうして一月が経ち、半年が経過して、一年がめぐった。
あたしは気付けば奥雪音という名前に違和感を感じなくなり、養父母の前で居眠りするようになり、チェロを弾くようになった。
彼らのことを「おじさん」「おばさん」でなく父と母と呼ぶようになり、本気で喧嘩して、本気で謝れるようになった。
当初は通学拒否していた中学校にも、文海の執拗な説得で、いやいやながら通いはじめた。

そしてそれら全ての画像の中に共通していたのは、文海が隣にいたことだ。

同い年の、血のつながらない、兄。
あんまり饒舌ではない奴なのに、文海はなぜかあたしとよく話した。
学校のなかでも照れずに色々と助けてくれたし、人を素直に信用できないたちのあたしなのに、文海には心を許すことができた。
そうすることが怖くなかった。

あたし達は気が合ったし、両親もそれを喜んでいたので、とても自然に仲良くなった。
だが、はたと気がついた時には、きょうだいとしての親密加減をとっくに飛び越えてしまっていた。
しまったと思いはしたが、完全に後の祭である。

まあ、どうせ、いつかはお互い家を出るんだから……

あたし達はお互いになんとなく、そんな風に考えていたのだと思う。
だからこそ学校でも家の中でもいつも一緒にいたし、買いものだって食事だって、照れずにふたりで出かけていくことができたのだと思う。
すごく仲良しだった。何処へ行くにも一緒だった。光の下でも、闇の中でも。楽しい時も悲しい時も。
絶望的に寂しくて、この世に生まれてきたことを疎んでしまいたくなる夜ですら、文海は隣にいた。

言葉でない言葉というものを知っていた文海。
彼のぬくもりを感じられれば、あるいは彼の瞳を覗きこめば、あたしはそれだけで満ち足りた。
あれほど静かに、けれど凄絶に他人を信じられることは、もうないと思う。

文海の背中。
彼の肩甲骨のくぼみに頭をもたせかけて、眼を閉じることがあたしは好きだった。
悲しみがあふれてしまいそうな時には、彼の声が聴きたかった。
文海の手は魔法の手で、彼があたしの体のどこかに触れると、泣きたいほどに安堵した。

幸福だった。文海との日々。
あたしの人生に入り込んできて、埋め尽くし、やがて満ちた。
こぼれおちた。

──愛してる……

そう、あたしは彼をほんとうに愛した。
何の疑いもなく、絶対的に。


そして今も愛し続けているのだ。


***


ホテルにチェックインしてから直ぐに、オーケストラの初顔合わせがあった。
コンサートホールで一同楽器を持って集まり、合同練習をするのだ。
全国から集められただけあって、かなり演奏水準の高いオケだった。あたしは純粋に楽しくて、時を忘れて練習に没頭した。
そして気がつけば夜になり、街に闇が落ちた。
解散、という指揮者の一言がホールに響き渡り、チェロをケースにしまっていると、マリがやってきた。

「ねえねえユキネ、かなで。これからちょっと街歩かない?」
「いいね」
「いいわね」

あたしの前で、ビロードの髪をステージライトに輝かせながらかなでさんが答えた。
彼女のチェロはやはり尋常ではなかった。底抜けに悲しくて、呼吸すらできないほど、重い響き。その中に、その上に、細くひかる希望。

「あたし、あそこでご飯したいわ。茶屋街だっけ? ふるい街並みの続いてる所」
「おー、気が合うねーかなで! あたしも丁度そこに行きたいと思ってたのよー、ひがし茶屋街。ユキネはどう?」

ぱちん、と指を鳴らして笑ったマリに、あたしも笑顔で答えた。

「うん。行きたい。夜はライトアップされてて特に綺麗だもんね」
「あれ? 行ったことあるんだっけ。」

眼の前でマリの緑がかった茶色い瞳が瞬いて、あたしは自分が失言したことに気がついた。
どきどきと、心臓が嫌な感じに脈打って、うなじをつめたい汗が流れる。

「あー! 違うの、えーとね、ガイドブックで見たんだー!」 

ものすごくわざとらしい言い方になった。声が不必要に大きくなり、裏返る。やはり、嘘をつくなんてやり付けないことをするものではない。
マリとかなでが明らかになにか言いたげに唇を開いたが、あたしはそれを遮るために更に声を張った。

「すごい綺麗だったから、あたしも行きたいと思ってたの! なんかバーとか色々あるんでしょ? 金箔のお店とか! 行こう行こう、ぜひ行こーう!」

そして荷物をまとめると、二人の答えを待たず、チェロを背負って歩きだした。
我ながら、アホだ。ここまでして、こんな遠い街まで来て、何を隠そうとしているのだろう。
それとも、隠したいのではなくて、口にしたくないのか? 文海の名前を?
その名を呼べば、彼への想いを止められなくなってしまうから?

──いや、違う。

文海へのあたしの想いはすでに、あたしにすら手の届かない場所に行ってしまった。
だから今、あたしが恐れているのは、文海の名を紡いで起きてしまいそうな「何か」だった。
この旅が決まった時から胸をざわめかせ続けている予感、黒い砂塵が舞い、今はまだはっきりとした輪郭の見えない「それ」。

文海の名を呼んだ瞬間、きっとあたしはそれに喰われる。

ホールの扉をすりぬけた瞬間、体が震えていることに気がついた。
あたし、心底怖がっている。会いたいのに、なんだか会ってはいけない気がして。
なのに文海に会えそうな気がする。

ぎゅっと、自分で自分を抱いた。
どうして。


ねえ、どうして、こんなに怖いの?






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