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久遠色5



この都の冬は冷える。
風がやはり東京とは違う。荒々しくて、野生の香りがする、容赦ない寒風だ。
あたしたちは楽器を置きにホテルに一度戻ると、その後歩いて夕飯を食べに出かけた。
バスに乗ってもよかったのだが、三人が三人とも歩きたいと希望する物好きの集まりだったので、しんしんと寒い夜の中を連れだって歩いて行った。

「寒い」
「うん。間違いないわね」
「寒いっていうよりか、冷えるって感じだ。さすが北陸」
「年が明けたら、きっともっと寒くなるんだろうね~」

そんな他愛のない会話を続けながらしばらく歩いていると、いくつもの橋が視界に入るようになった。
あるいは大きな、あるいは小さく、けれどライトアップされたかわいい橋。
その量の多さに持ち前の好奇心を刺激されたらしく、マリがガイドブックを懐から取り出して読みあげた。

「”金沢市内は浅野川と犀川にはさまれた台地につくられた城下町都市であるため、橋がひじょうに多い”。つまり橋を渡ると別世界、ってことね」
「別世界?」
「そうよ。住む人々のレベルも違ってきただろうし、ひとつ橋を渡るごとにひとつ金沢から離れてゆくということでしょ。それにさ、ほら、いわゆる超自然的な意味合いでも、古来日本では橋は重要な位置にある存在でしょ。」

マリは見た目こそそんな雰囲気を匂わせはしないが、クラシック音楽界のなかではかなり名を知られている、とある一族の娘さんである。演奏家だけではなくて学者や先生も輩出しているたいそう知的なご一家で、マリ自身もさまざまな分野に対して造詣が深かった。

「橋は街の境界に位置するもの。ゆえ、そこから先は何が起きるかわからないっていう恐怖が常につきまとうのよね。街を守る存在でありながら、同時に異形を連れてくるもの。橋姫伝説も、怖いものばかりなのはだからじゃないかしら。」
「つまりあの世とこの世をつなぐもの、イコール橋、って言いたいの? 深読みしすぎよ。」

あまりの寒さに、革手袋をした両手をこすりあわせながらかなでさんが言った。にべもない言い方であったので、マリは高い鼻に皺を寄せて「ふん」とすねる。

「かなではロマンが無いわ。」
「どういたしまして。現実主義者と呼んでちょうだい」
「呼んであげるわよー、このスーパーリアリスト!」

……ふたりのやりとりを尻目に、あたしはぼんやり立ち止まり、闇にとおく浮かぶ橋を見つめた。
ライトアップされた橋からこぼれる光が川と小路に落ち、さらさらと水音のリズムに合わせて流れてゆく。
確かに橋はふしぎだ。渡るときはいつも、進んでゆく自分の方向は正しいのか、わからなくなって、後ろを振り向きたい衝動にかられる。それは先にあるものを密かに恐れているからなのだろうか?

「じゃあ、橋の上にずっと立ち止まっていたら、いけないのかな。」

あたしは自分の口が発したことばを、まるで他人が発したもののように耳で聞いた。
ぎょっとして、思わず口元を手で押さえてしまう。
あたしは今、なんて言った?

「……立ち止まりたいの?」

はっとして顔を上げると、マリとかなでさんがあたしのことをじっと見ていた。当たり前だ。
あたしは動揺した。そうなのか?

「わかん、ない。あたし今、そう言った?」
「そうしたいように聴こえた。」

マリがまっすぐ答えた。ダウンジャケットのポケットに両手を突っ込んだまま。
毎度のことながら、あたしの奇妙な言動に、彼女たちが呆れないで理解しようと努めてくれるのはほんとうにありがたいことだと思う。

「ユキネさんが言いたいのは、それこそ、現実的な意味じゃないんでしょ。つまり、例えとして、人間的に、そう言ってるんでしょ。」

かなでさんが言葉をさがすように、慎重に喋った。
吐く息が、あたし達のまわりの空気に白くたゆたい、やがて天へと上っていく。
あたしは戸惑いながらもうなづいた。そうだ、そうなのだ、あたしは。

あたしは今、橋の上にいるのだ。

文海がいなくなってから、ずっと中途半端な気持ちのままだらだら立ち止まり続けて、何一つ自分で決めようとは、進もうとはしなかった。
この旅が決まってからずっと感じていた、見つめるのが怖い恐怖の正体はこれだったのだ。

あたしは橋を渡りきらなければいけない。

そしてその先にはきっと、言葉ではうまく言い表せないが、あたしにとって決して良いことばかりではないものが待っている。今まで見ることを拒んできたもの。知ることを恐れ、回避してきたものが。
文海はきっとそこにいるだろう。

なぜだかはわからないけど、あたしはそう確信できる。

「寒い! とにかくはやく、ご飯行こう」

やがて寒さに耐えかねたマリが身を震わせながらそう叫び、あたしは再び動き出すことができた。
文海が呼んでいる。
きっと、あたしがこの街に来たのは偶然じゃない。感じる。


文海がちかくにいる。


***


文海が失踪したのは、今から三年と半年前、ちょうどふたりで金沢を旅した直後のことだった。

男女のきょうだいであるにも関わらず、あたしと文海はしょっちゅう二人で旅行をしていた。バイト代がたまればその時の気分で行きたい場所に旅立って、その度旅行先から自宅に宛てて絵葉書を書いた。そして帰ってきて両親に旅行の話をするのが好きだった。

旅が好きなのはあたしも文海も一緒で、その理由もおそらく似通っていた。誰とも話をしたくないのだ。
自分を知るひとが誰もいない遠い場所で、ただの観光客として数日を過ごし、一人になりたい。
これは今でも変わらないが、あたしは時々むしょうに、日常や家、仕事、友人といった一切の『繋がり』を経ち切りたくてしょうがなくなる。
まいにちをうまくやり過ごすことだけを目的に、へらへら笑いながら暮らしている自分が心底いまいましくなるのだ。帰りつく家も、友人との楽しいおしゃべりも、そんな自分によってぜんぶ汚してしまっているような気がして。

だから、こう思う。
ひとつ一つ、ナイフでえぐっちゃえば。たとえ結果死んでしまったとしても、そうやって全部切り離せば。
結果死んでしまったとしても本当に構わない。そう、狂おしく欲する。

……でも実際には、あたしは義父母を愛しているわけだし、彼らが泣くのは見るに堪えない。
だから踏みとどまる。そして代わりに旅に出るのだ。ひとりで。
まだ文海がそばにいた頃は、彼とふたりで。
文海が傍に居るのはつらくなかった。嘘をつく必要がないから。

そう、人は無意識に嘘をついて生きている。そうして自分を守っているのだ。
でも、夜ベッドに入る時、あるいはふいにチェロを抱えた時、あたしの世界は真空になる。そしていきなり、何もかもが嫌になってたまらなくなる。

何もかも、自分の何もかもが。

義父母になんでも笑顔で応えるあたし、灰色のオフィスに毎朝きっちり出ていくあたし、必要ないのに買い物をしてしまうあたし、ムダに携帯電話をのぞくあたし、帰りの電車のなかで立ったままうとうとしてしまうあたし。
チェロの練習をさぼって、休みの日は寝坊して、友達とランチの約束をして……ああ!

嫌だ、そういう何もかもが本当に、たまらなく嫌!

本当のあたしはこんなんじゃない、と思ってしまう。傲慢に。
だから確かめたくて旅に出る。
自分が、誰から生まれた雪音だとか、奥家にひきとられた雪音だとか、旅の間だけは忘れて、あたしはただの雪音になる。きっと人間ならだれしもが、そういう衝動を胸に抱えて生きているんだろう。それを見て見ぬ振りをするか、正面から向き合って苦しむのかは個人の自由だが、あたしは忘れたくなかった。

自分は、最後には自分だけのものであると、信じていたい。
自分を好きでいたいのだ。あたしがそうしなきゃ、こうやってもがくようにして生きているあたしはあんまりにも可哀そうだ。

──雪音はすこし不器用なだけだ。

文海は、そう言ってくれた。
ああ、そう、あれも金沢旅行の時だった。

──遠回りをして、他の奴とはすこし違う道を歩いてしまっているだけなんだよ。

許してくれた。いつだって、言葉などなく、あたしの全てを。
文海は見てくれていた。あたしが、いつも、戸惑うさまを。
どうして皆のように生きれないのかと思っていた。どうしてあたしは養女なのか。どうして両親に捨てられたのか。どうして独りが好きなのか。どうして可愛く笑えないのか。どうして、どうして、どうして。

──雪音。

あたしなんかを好きだと言ってくれた。
会えてよかったと、文海は、言ってくれたのだ。
会えてよかった。


──なあ、雪音。俺たち、ほんとうに会えて良かったよな。






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