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ひとり



一人は、好きだ。
と、急に思った。

急に引いてしまった風邪でひさしぶりに寝込んでいたのですが、なんていうか、誰とも話をせずに、本を読んだり、自分の内から言葉をひっぱってくる作業は、やっぱり私にとってすごく落ち着く時間なのです。
私、しょっちゅう寂しいさびしいとか、彼氏欲しいとか言っている割には、ほんとうは独りがすごく好きなんだろうなって改めて思った。

あたしの寂しいは、誰かが横にいなくてさびしいとかそういうんじゃなくて、生きてることが寂しいというか。
例えて言うなら、雑踏をひとりでかきわけて生きていくのが寂しいっていうか、青空をみるとどうしようもなく自分がちっぽけで、なんで生まれてきたんだろうとか、でも生まれた以上は生きていかなきゃいけないから大変だなあ……とかそういう感情だと思う。

要するに、寂しいよりも悲しいのかもしれない。
でもその感情は、いつも、あたしの中にあって、何があろうと、どんな瞬間でも、消えることはない。

あたしはあんまり弾けて「遊ぶ」っていうことはしないんだけれど、例えばたまに遊園地とかで弾けて「遊んで」みても、どんなに楽しくてもなんだかうしろめたいのだ。
それは、友達と遊ぶことがつまらないとかそういうんじゃなくて、もちろんすごく楽しいんだけど、あくまであたしの心の中では、一日が終わって、家に帰った後、何か虚しさがあふれてきてしまう。

だから、そういう「遊ぶ」よりは、風景を見たり、本を読んだり、音楽を聞いたりするほうが好きだ。心になにかが響く感じがする。共鳴する瞬間を求めていて、それを見つけると、たまらなくうれしい。自分が自分であることを、許されたような気がして、そういう瞬間を増やして、自分の中に貯めていきたいんだと思う。

自分と向き合うことは好きだ。
自分の中でのいちばん幼い記憶は、本を読んでいるところだった。あたしは保育園に行かなかったので、家にあふれている本を読みあさって、時々ピアノを弾いて、一日を過ごしていた。
そういう子供時代を過ごしたことが、あたしに孤独を身近なものにさせた。と思う。

自分と向き合えば、辛いことのただなかでも、悲しみのどん底でも、必ず絶望の先に強さが見出せる。
それは簡単じゃないことだけど、でも、真実だ。
あたしは強さをひたすら求めた時代があった。いまでもそれは変わらないけれど、でも、あの頃より確実にあたしは、タフになったと思う。

あたしは妬む、ということをほとんどしない。意味がないからだ。人間が持つ感情のなかで最も汚いものだと思っていて、自分で率先して妬むことはしないように自分を育てた。
そして同時に、ちかごろ怒ったりもしないことに気がついた。どんな強烈な怒りでも、しばらく考えれば、もうどうでもいい、と思って消えて行ってしまう。

つまり、年々、しずかな人間に変化しつつあって、そのことが我ながら驚きだ。
むかしは、自分でもひどく怒りっぽい人間だと思っていたし、周りもたぶんそう思っていたと思う。
はたと自分で自分を見つめ直すこの瞬間、ほんとうに、どこまで歩いてきたんだろうっていうような、そんな途方もない気分になる。こんなんじゃ、彼氏できないな(笑)。っていうか、要らないかも……。

どこまであたしは歩いてきて、そして、これからどこへ向かってゆくんだろう。





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