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久遠色6



「おい雪音。雪が降ったぞ、起きろ!」


その日は文海の大好きな雪が降った。
実際に旅するまで、あたしは冬の金沢といえばいつでも雪が降っていると思い込んでいたが、実際はまったく違った。旅館の女将さんに聞いたところ、石川県でも積雪がすごいのは能登地方に限られ、加賀はあまり雪は積もらないのだそうだ。
だが、文海と金沢を旅した年はたくさんの雪が降った。連日連夜降り続き、町を埋め尽くしたそれは、ほんとうに珍しいですわあと女将も眼を丸くするほどすごいものだった。

「……どうりで寒いはずだよ……うるさい、アヤ。もうちょっと寝かせて」
「何言ってんだ、もう昼だぞ。俺たちは今日帰るんだぞ。いつまでごろごろしてるつもりなんだ雪」
「置いて帰って」
「できるか!」

あたしは夜ふかしするせいか、本当に、ほんとうに朝がよわくて、早起きの文海にいつもたたき起こされていた。
彼は朝に強いのだ。夏も冬も関係なく、いつもあたしがのそのそ起きていくと完ぺきに支度を整え終えている。
この日もその例に漏れず、寒いなか早起きした文海にあたしは無理やり起こされた。

「今日はどこに行くよ、雪」

並べられた朝食を前にむっつりしていると、向かい側から機嫌よく文海が尋ねてきた。
彼の肩の向こう、窓の向こうにグレーの雲が重く垂れこめた空が見えている。
なんだかヨーロッパの空みたい。
あたしは思い、もくもくと朝食を口に運んだ。

「べつにどこでも」

小さく呟いた。
呟いた後に、あなたが居るならどこでも、と、心の中で付け足した。でも口には出さなかった。
文海はうなづく。

「そうか。じゃあ、色々歩こうぜ。金沢市内は歩いて回れるっていうし」
「ヤダ。寒い」
「寒いのはしょうがないだろ。冬なんだから」
「雪きらいなのよ」
「知ってる。でも、お前が嫌いでも俺が好きなんだからいいだろう」

文海はあたしの情けない一言にそうきっぱり答えていた。
あたしは言葉の裏に隠された意味に気が付き、戸惑ったが、表向きは気がつかないふりをする。
きょうだい。あたしと文海はきょうだいなのだ。
血など繋がっていなくても家族なのだ。

だから、壊してはいけない。
あたしと彼の間をつなぐ、この、細くてきらきらした、切実すぎる糸のようなもの。

「兼六園も行きたいなー」

文海は先に食べ終えて箸を置いた。あたしは窓を見上げる彼の、きれいな顎のラインに一瞬見惚れて、でもすぐに眼を逸らす。
出会って良かった。アヤとめぐりあえたことは、あたしの人生の中で、疑いようもなく最良のできごと。
失えない。こんな温かいもの。

なにがあっても。

*** 

「ユキ。」
「あれ見てよ、雪。」
「雪音!」

事あるごとにアヤはあたしの名前を呼ぶ。
まだ奥家に引き取られたての頃、あたしは放っておけばふらふら何処かへ行ってしまったり、家の中にいてもひたすらぼーっと部屋に閉じこもっていたので、アヤがお目付役に任命されていたのだ。その名残だ。

あたしは、アヤに名前を呼ばれると、いつも何も言わずに彼をみた。
声は出したくなかった。
アヤが、あたしを呼んでくれた、その音を聴きたかった。余韻の甘さに酔いたかったから。
アヤに呼ばれるとあたしの名前は輝いた。
どんな状況も、どんな悪意も、その事実を曲げることができず、だからこそあたしにはアヤが絶対に必要だったのだ。

アヤに想いを打ち明けられた瞬間、そのことを忘れたあたしは、本当に愚かだった。

14:33 | ブログ小説 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑
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