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父上


と、叫ぶ江がとても切なかった。
二人の姉は父を知っている、父を慕っている、そうすることができる記憶がある。
なのに江にはそれがない。

義父を父上、と、呼びたいのに呼べない。
その葛藤もわかる気がした。
そして殴られて嬉しかったんだろうな、とも。

父という存在が欠落してしまった空白は、とても寂しい。
わたしはもう思いだせない。
父の声。父の背格好。父のことば。
20歳まで、育ててもらってすら、そうなのだから、生まれてこの方いちども父を知らない江の孤独はいかほどばかりか。

時折無性に父と話をしたくなります。
わたしは、父に反発するようにして自分を育てた部分があって、だから、きちんと大人の話をできるようになる前に、彼と別れてしまった。
だから、いま、仕事をして、娘としてではなく、一人の女として、大人として、自分自身の存在を疑ってしまうような、かなしい辛い夜には。

もし今、父がいたなら、彼とこういう感情を話し合えるだろうかと。
そう考えて。すこしだけさびしくなる。
考えても求めても無意味なことだから、もう幾年も前に封印した感情だけれど、ああ、本当に。
ほんとうに、会いたいと願うことは、ものすごく悲しい。

恋しいってこういう感情なんだろうか。

少しおセンチな記事になりました。
でも元気です。

追記ではなぜか、トリアーのマリアに関する外伝をちょっとだけ。





「クララー?」

待ち合わせ場所のカフェに5分遅れて到着すると、彼女はすでに待っていた。
いつもなら遅い、とかばかもの、とか今日は罰としてあんたのおごりだ! とか散々悪態をつくかわいい顔が、しかしながらきょうは窓ガラスを透かしてぼーっと外を見ている。
俺は首をかしげて近づいて行った。
白くて小さい人形めいた顔のまえで手を振ってみる。

「く・ら・ら。どうしたの。俺、大地。わかる?」
「──おねえちゃん」

クララは窓の外を見つめたまま、そう呟いた。
俺は問い返した。

「お姉ちゃん……って、何のこと? お前の姉ちゃん?」
「うん。あたしのお姉ちゃん。」

クララは頷いたが、そこでまた言葉を呑み込んでしまった。
俺はますます首をかしげてしまう。
クララに静寂は似つかわしくない。
いつも騒いでいる、怒っている、笑っている、とにかく気持ちのいいくらい感情のあけっぴろげな女の子なのに。

今日のクララはなんか変だ。

俺は彼女の前の椅子に座りこむと、上着を脱いだ。

「なんか変だよ。クララ。具合でも悪いの?」
「うーうーん。今日、おねえちゃんの誕生日だから、思いだしてただけ。」
「……思いだす? ねえちゃんを? なんで? っていうかそもそもクララ、一人っ子じゃなかったんだ。」
「うん。歳の離れたおねえちゃん。やさしくてきれいで、頭良くって、とにかく典型的な憧れのおねえちゃんだったの」
「ははあ。名前は?」

その、『憧れのお姉ちゃん』についての事柄が過去形で語られるのはなぜなのか、尋ねていいものか悩みながら俺はべつの質問をした。
クララはここでようやく窓から視線を前に戻して、白いココア(たぶんマシュマロココア)に口をつけた。
いつもなら彼女を笑顔にする効果100%のその温かい飲み物も、でも今日はどうやら、効果が弱いみたいだ。

「……マリア」

言いにくそうにもごもご言ったクララに、俺は神妙に頷いてしまった。

「そうかぁ。クララのお姉さんはマリアかぁ」
「なんか、腹立つぞう、その言い方っ」
「いやいやいや。いいじゃん、似合ってるし。お姉さんも美人だったんだろ?」
「ウン。すっごいキレイだった。」

クララはきっぱり言い切った。
めずらしい、と俺は言葉なくおもう。
この、自他共に認める毒舌クララが、素直に認める美人とは、相当だ。
ここで注文を忘れていたことに気がついて俺はあわててカフェラテを頼んだ。

「お姉ちゃんね、女医だったんだよう。東京の医大はいって、そのあと外科医になったんだ」

そうして待っている隙に、クララは気が向いたのか、お姉さんについて尋ねなくても喋り始めた。
ほんとうに好きだったらしい。
お姉さんに対する好意が、そこいら中にあふれている言葉だった。

「女医。マジで? すげーじゃん、お姉ちゃん」
「だから、すごかったんだってば! 何回も言ってるじゃん! ……でもね、いなくなっちゃったの。」
「いなくなった?」

俺は繰り返した。
その言葉が意味するのは、どういう事実かと考えたのだ。
クララは頷くと、べつだん悲愴な顔をするでもなく、ただ淡々と説明した。

「うん。ある日、突然。大学病院に勤めてたんだけど、久しぶりに有給が取れたって言って、ドイツに旅行にいって、そのまま帰ってこなかった」
「……ゴメン、死んだって意味、じゃないよな?」
「ちがう。泊まってたホテルから忽然と消えたって、そういう話。攫われたんだって、皆は言ってるけど。いわゆる行方不明ってやつだよ。あたしはなんか、信じられなくて。お姉ちゃん、そういう人じゃなかったから」
「そう言う人って……」

俺は言葉が見つからなくてしどろもどろになってしまった。
なんか、思ったより辛い話なのかもしれない。
なのに、クララがぺらぺら話してくるのが逆に信じられないというか、受け答えに困ってしまう。
でも実際、クララはそこまで悲しみに浸っているわけではなさそうに見えた。
俺が困惑しているのを見てとって、

「はにゃ?」

といきなり、首をかしげた。
俺はタイミングよく運ばれてきたコーヒーに、これ幸いと口を付けた。

「……はにゃとか言ってる場合じゃないだろ。おじょーさん」
「にゃ、だって、そういうつもりじゃなかったんだよ! 大地を困らせたいわけじゃなくって。だから、つまりー、あたしは本当に、お姉ちゃんは死んだとは思ってないの」
「でも、行方不明なんだろう」
「ウン。だからね、お姉ちゃんはたぶん、どこか別の場所に生きてる」

クララは語った。
幼い頃から妙に浮世に馴染めず、孤立していたお姉さんの話を。
時折この世ならざる場所を見るように、茫洋としたまなざしを見せることがあった彼女は、しきりにいつも繰り返していたという。
『聴こえる』と。

「誰かがあたしを呼んでいるの、って、お姉ちゃんはいつも言ってた。あ、もちろん、そういうこと他の人には言ってないみたいだったけどねん。うちの親、カタブツだから。でもあたしには話してくれたの。いつも、まるで世界がふたつあるみたいに重なって見えるんだって、苦しそうだった……」

だが、そんな彼女はある日突然、ドイツのある地方を目指して旅立ってしまったのだという。
前触れもなく、本当に、何かに『呼ばれた』ように。
そして以後、帰ることはなかった。

「皆死んだと思ってるけど、だからあたしだけは、お姉ちゃんはいなくなっただけだって思ってる。」

クララはわらった。
時々、細工するガラスの中に、姉の美しい姿を見ることがあるような気がする、とも言って。










21:20 | つれづれ | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑
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