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ドクターと


ついに正面切って話し、大泣きしたわたくしは……
……ほんとうに至らない。

ブレインワーク、だの、言い訳が多い、だの、さんざん結構言われましたが、全部正鵠を射ている!
わかっている。
人から見たあたしが、どれほどずれていて、言葉がうまくなく、実際考えていることとはまったく違うような態度を取ってしまっているということは。
誰かと、共に居るということは、そこに必ず、あたしの知らないあたしが生まれるということだから、だからいちいち傷ついては居られないのでしょう。

でも言い訳が多いっていうのはものすごく反発したかった。
だってあたし許してほしいわけではないんだもの。
けどそういうのも言い訳だというのなら、もう何も喋るまいと思った。
ひねくれた意味ではなく。

あたしは文字を書くせいか、実際に、人と接する時、言葉ばかりが先に立つ。
時には、心を伴わない文字が、口から飛び出していくような瞬間があって、言い訳と言われたのはそのことだろう。
そして素直に気持ちを喋りすぎるとも言われた。
「それは言わなくていい、っていうことを君は口にする。偽善とも取られかねないよ」と。
そしてそういう態度が、あたしという存在を人々に誤解させる原因だとも言われた。

……わからない。
威厳や何かの人格を装うなら、口も閉ざそう。
けれど、あたしが正直でいないことで、あたしを正しく捕らえられる人がいるというの?
あたしが正直でいなければ相手だって正直にはなってくれない。そうじゃないの?
正直に対してかならず正直が返ってくると思っているほど甘ちゃんではないけれど、そういうのが誠意なんじゃないの?

自分という存在を、人格を、偽ってまで他人に自分を良く伝えようとは、あたしは思わないの。
あたしがあたしを見失ったら、誰があたしを御するのだ。
あたしが不幸せになるのも、幸福になるのも、あたし自身があればこそ、じゃないのか。

ああ、でもきっと、こういう考え方も、周囲からみれば理屈っぽくて。硬くて。まじめすぎで。
小説の読み過ぎ、とか、ともすれば言われて。
でもこれがあたしだ。

どれほど人々の輪郭からはみ出していても、言葉が通じにくくても、あたしはあたし以外の存在にはなれない。
そのことは、わかりすぎるほどわかっている。決して卑屈になっているわけではなく。

人はあたしの見かけであたしの人格を勝手に決めてかかって、勝手に期待して、けれどその内実にふれれば勝手に失望していく。
皆多かれ少なかれ、人間とはそういうものなんだろう。
でも、最近ほんとうにそれだけが嫌だ。
あたしは自分の顔がきらいだ。
あたしの望まないあたしを人々に印象付ける。
けれどあたしがあたしの何かを否定するのだけはきっと侵してはならないことだから、やめることにする。

とにかく、なんだか、とても悲しい。
どうして、私はこんなに愚かなんだろうか。




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