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忘れられない、忘れたくない。
だがもう帰ってこない、あの人は。
俺がただ一人、強烈に愛したひと。

俺は愚かだ。あまりにも。
彼女と、いつかは会えなくなってしまうということを、

どうしてこれまで、疑ってもみなかったのだろう。


***


近頃、パパが夜遅くまで起きているのをあたしは知っている。
あたしの部屋から見下ろす、書斎の灯りがいつまでも消えないからだ。
気になって、気付けばあたしも寝不足になりつつあった。
だって、パパが何をしてるかなんて、わかってるから。
だからこそ心配になる。

わかってるの──パパがただ、泣いていることは。

「ねえ、パパ……」
「どうした?」

今日も、朝ごはんの席に、パパは一番おそく登場した。
いつも通りのぱりっと糊の利いたシャツ。きちんと櫛の入った髪。
でも、その秀麗な顔には、隠しようもない、疲弊のいろ。

悲しみが……あまりにも大きな悲しみが、パパに刻み込んだ傷。

あたしはパパにコーヒーを持っていって、そのまま彼の顔をじっと見つめた。
ああ、クマができてる。
そういえばママ、よく言っていたね。
お父さんは、誰より努力家だけれど、そんなそぶりは誰にも見せない。けれど、疲れているとすぐ眼に現れるんだって。

ほんとうね。
この眼を見てよ、ママ。
そして言ってあげて。彼を抱きしめながら。

あの笑顔で。

"無理をしてはだめよ、あなた。”

って。

「どうしたんだい、一体」
「パパ……また遅かったんでしょう」
「ん? まあ、仕事がすこし溜まっててね」
「少し、お休みを取ればいいのに。事務所だって許してくれるでしょう? 状況が状況なんだから」
「……」

パパはたちまち、黙った。
目線があたしを離れ、すごく遠い、あるかもわからない場所を見るような瞳に、なる。
そんな顔をされるとあたしは泣きたくなった。
パパは帰ってこれないんだ。
ママがいなくなってしまったから。
ママを愛して、くるおしい程に愛して、そんなパパは、だから、ママと一緒にいなくなってしまった。

だからパパは途方に暮れてしまってるんだわ。

「パパ。一緒に旅行に行こうよ」

たまらなくなって、あたしはパパの頭を、彼の背中側から抱きしめていた。
ちかごろ彼は香水をつけない。
ママが贈ったジバンシイを、以前は欠かさずつけていたものだけれど。

「旅行? ……いいな」

パパはあたしの腕に手を寄せながら、淡く笑った。
よわよわしいと言えるほど、淡く。
あたしはパパの髪に鼻を埋めた。

じかに触れている。
けどきっと届かない。
パパの中心には、ママ以外は誰も、ふれられなかった。

でも、届いて。
おねがい、届いて。
すこしでもいいから。

パパ。あたし、パパをあいしてる。

だからお願い、泣かないで。

「パパ……」

瞑った眼から涙があふれた。
しまったと思ったけれど、もう遅い。
頬を伝い落ちた涙がぱたぱたと音をたてる。
たぶん、パパのシャツの上に落ちたんだ。

パパは何も言わない。
ただじっと、あたしの成すがままに任せている。
あたしはそれすら口惜しかった。

いっそ、泣きわめいてくれたらいい。
怒って、暴れて、感情を爆発させてくれたら。
ママがいた時のように。

なんで死んだ。
帰ってこい。
さびしいんだ、気が狂う、これからどうやって生きて行けばいい?

言わない──パパは、何も言わない。

でもあたしには聴こえてる。
その言葉。
その心が。

ねぇ、ママ、夢でもいいわ、帰ってきて。
そしてパパを連れて行ってよ。
どうして独りで行ってしまったの。

どうしてパパを、置いて行ったの!

届かない言葉だけが、頭の中をぐるぐる回る。
哀しい。
ほんとうに、かなしい。
胸が痛くって、息すらできない。




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